むらこし君14歳からの夢。14歳~31歳なう。

皆さん、夢ありますか?
夢を追いかける少年のように キラキラして生きてますか?

夢とか目標とかって 人生を豊かにしますよね。

そりゃ、プロ野球選手とか武道館で歌える歌手とか、一瞬は夢見たけどさ。w

まあまあ、自分でいけると思えば それが感覚だし、いけると思う。

そんなイケる感覚のある 大きな大きな夢をもったのは 14歳のときでした。

中学~聴覚障害の方との出会い~

聴覚障害の人との出会いで 人生で全く興味のない障害者と呼ばれる人の立場から社会を見た。 その時の社会の冷たさに、カラダ全体の神経がブルブル震えて、恐怖と怒りと悲しみと虚しさが14歳のカラダを突き抜けました

それから、地域の手話サークルで 聴覚障害のある方。手話をコミュニケーションとして活用する方々に囲まれながら、

手話を学び、お菓子を食べ、雑談しながら 当時、
そのサークルで圧倒的に若くて可愛い少年は、
サークルのメンバーさんにめちゃくちゃ可愛いがってもらい、
『将来は福祉の世界で大活躍してもらわないとだね』

と、今思えば、2000㌫おだててくれただけなんですが。w

『え、おれ天才?福祉の世界を変える男?』
と、本気で勘違いをする程、誉められました。
14歳から圧倒的勘違い野郎です。w

今でも、その愛が 心の底にはある気がして。

ツラいときも、その愛が助けてくれてる気がする。

でも あの頃は、本当に曖昧な夢だった。

『福祉の世界で活躍する』

中学生の頃、この夢で行こう!
でもなんか曖昧だなとは感じてました。

少し調べて 割と安易に 高校は介護福祉士のとれる学校に行き

大学は社会福祉士と精神保健福祉士のとれる学校に行った。

むらこしくんに夢をくれた恩人達です。

高校~野球部での経験~

高校は、介護福祉士はとれたけど 中学で辞めたはずの野球をやってしまい
主将にもなってしまったので 『野球』の思い出が強い。

やっぱり、主将をさせてもらった経験はデカい。

そもそも、中学で野球の実力の無さを痛感した僕は野球を辞めた。

理由はシンプル。野球が下手なんすよ。僕。w

でも、なんだかんだ試合には出てたんですわ。

もしかすると リーダーシップ的なのが 人より少しあるのかもしれないです。

とはいえ、まあまあしんどい野球部主将でした。

でも、それを乗り越えた経験は糧になってます。

大学の頃の写真ですけど。

大学~先生と図書館が神~

大学(日本福祉大学)は学びが増えました。

日本一の先生方に出会い、学び、語らうことができたこと。

あと、図書館最高。

なにかで躓いたら、すぐ図書館or研究室アポなし訪問

図書館は良いけど、アポなし訪問はだめ。w

でも、大学の先生と直接話しができるって

大学生がやるべき、もっともコスパの高い行動だと思う。w

7:3で怒られることが多かったですよ。w

友達との出会いも最高。なんて、わかりきったことは割愛します。

大学の先生に書いた手紙の記事。

大学生の頃、ゲスト講師として出会った高山先生。

当時、調子に乗りまくりの生意気な僕の質問も丁寧に聞いて下さったのが印象的でした。

今は大学の先生です。ゼミも持たれてて、ゼミ生が羨ましすぎるっす。

素敵な先生がたくさんいます。↓↓

講義終了後、いくら話しても話し足りない。名残惜しいけど、また。次にお会いできるのは、いつかなぁ。私が大阪へ行こう!

高山 京子さんの投稿 2018年12月12日水曜日

いま、思う夢

曖昧だった夢は、少し言葉に出来てきました。

僕の夢は

社会にある境界線をぶち壊して、多様で優しい社会をつくること。

この夢は、僕1人では何も達成したことにならない。

しかも、ゴールがなんなのか分からない。

たぶん、ゴールはテープを切って終わり。あの感じではないと思う。

日々の生活の中で 小さなゴールをコツコツクリアしていくことが、もしかすると、いつか大きなゴールに繋がるのかもしれない。

今は就労支援の事業所でお仕事させて頂いてるから、その立場で出来ることを全力でやります。

農福連携もその一つ。

農家さんと利用者さんが繋がり 農作業がきれいに回っているとき

利用者さんが

『あの農家さんに会うのが楽しみだ』
『外の空気は気持ちいい』
そう言ってくれたとき

農家さんが
『助かるわ』
『うちの大事な戦力だ』
『想像以上だった』
そう言ってくれたとき

僕は小さなゴールテープを切っている。 こうやって、その時々で 自分のできる事を積み重ねていくしかない。

これからも

人と人とが繋がるきっかけを、もっと作らないとだなと思います。

僕は、人と出会う毎に 自分が進化している事を肌で感じます。

ただ意識をしないとマンネリ化が起こります。

出会う人も環境も 自分に都合の良い人ばかりがだんだん集まります。

それでは、進化が止まってしまう気がします。

だから、僕は地元を離れました。

自分の人生に 自分自身で、変化を与えました。

色んな経験を経て どう、自分が自分の夢と生きていくか。

いや~、人生は深い。 味わい深いっす。

また、時間が経ったら そのときの夢を書きたいと思います。

最後まで 見てくれた方。あなたは本当にいい人ですね。
あなたも僕の夢を叶えてくれる貴重な一人です。
一緒に仕事しましょう。 飲みに行きましょう。なんでもいいから一緒になんかしましょう。 これからもよろしくお願いします。

平成元年生まれも、もう31歳の村越君でした。

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