美味しいジビエを食べて欲しい

ジビエと聞くと、「くさい、かたい」などのマイナスのイメージを抱く方の多いと思います。私としては、このマイナス的な印象を作ってきたのは以下の理由です。

・食べる時期が悪かった
・血抜きがしっかりできていなかった

私自身、年間を通じて解体していると様々な個体を見ますが、「時期と血抜き」を間違えなければとても美味しいジビエを食べることができます。やはり狩猟者としては、命を余すことなく頂くことが大切だと思っています。さらにその肉食べた人に「美味しかった」と言って頂けたら、こんな幸せなことはありません。
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土地を守るための有害対策

 元々、狩猟と言われるものは大体10月~3月くらいの冬場の時期限定で行われています。 ただ、それだけでは獣害がひどく土地が荒らされる一方なので、最近は「有害駆除」として(各自治体によって異なりますが)日高川町ではほぼ年中、狩猟を行うことができます。 つまり、それほど被害が大きいということです。私もこの三年で数え切れないほどの有害の現場を見てきました。実際に自分で作ったサツマイモも被害に遭いました。
 有害と聞けば、農業関係の被害を想像する方が多いと思いますが、道沿いでの動物の飛び出しや草木が減って地盤が緩くなって土砂崩れなど人の生活を脅かす現状があります。

里山を後世に残す

里山というのは、人の手が加わることで保ってきました。
 例えば、タンポポは自然環境では決して強い生き物ではありません。しかし、地域の方々が環境整備として草刈りなどを行うので小さな種にも光が当たり春に咲くことができるんですね。 真の自然界とは、結構厳しいもので人がいることで生物多様性を作ることができると思ってます。もちろん、逆に壊してしまうこともできます。
 そうした中で、この有害鳥獣というものを考えていくと、増えすぎているというのが課題だと考えています。やはり、ある程度の数まで減らしていく必要があると思います。 ただ、減っていくと自分の生業を無くすことになります。それで良いと思っています。 狩猟というものに関心を持つ人を増やすことや、ジビエを普及していくことなど課題はたくさんありますが、狩猟という伝統と有害駆除という里山を守ることをこれからもやっていこうと思います。

猟師としてのテーマ「一頭の価値を最大限に引き出す」

狩猟には、命を奪う行為が付いてきます。
 人間は昔から野生動物の肉を貴重なタンパク源として食べてきました。現代では、ほとんどの人が牛や豚や鳥の肉を食べていると思います。 猟師をする前も、誰かが動物を飼い、命をたち、加工をして私達は肉を食べていることを頭では分かっているつもりでした。
ただ、猟師になって自分でとって捌いて食べると、それがリアルなので当然「頂いている」気持ちは強くなります。もちろん、考えすぎれば気持ち的にしんどい部分があるのも事実です。 だから、中途半端にやるとしんどいです。だから、必死に捌きの技術を学びました。食肉だけではなく、骨や角の活用も考えています。
「有害鳥獣」と言うのは人間都合。それも充分感じながら、人間も含めた大きな自然環境が「一種の個体の増えすぎること」が全体バランスを考えると良くないこと。 「有害」「増えすぎ」と言われようが、動物はただ生きるために生きているだけだ。だから、いつも「命を頂く」という姿勢と、その一頭をどう「いかすのか。」常に意識して、自問自答を繰り返しながら猟をしています。